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横浜市内で七福神巡り

2018-07-31

七福神の由来

七福神と言うと、船に乗った七人の福神様のイラストなどを、よく見かけますね。
七福神は、願いをかなえてくれる神々として有名です。
この七福神が定着してきたのは、江戸時代中頃と言われています。
また七柱の神仏セットになったのは室町時代末頃と言われています。
それ以前は三神セット五神セットだった時もありました。
基本的には福徳(幸福・財産)の神様として信仰されていますが、これは「七難即滅七福即生」と言う仏教経典の教えです。
「七難を取り除いて、七福を授かる事が出来る」と言ったものになります。
この七福神はインターナショナル感覚の神様で、純国産の恵比寿を除くと他は、インドや中国などと言った海の向こうの神様たちになります。
今回は神奈川県横浜市港北区の七福神巡りをご紹介します。


七福神巡りの仕方

お納経(御朱印)を、お参りした証として寺社より頂戴してまわります。
本来は参拝者が写経をして収めた証で頂戴するものが由来になっています。
スタンプラリーの様に自分で押すものではありません。
ただ現在では、お納経料を収める事で御朱印を受けることが出来るお寺もあるそうです。


恵比寿神(漁業・商売繁盛の神様)の『補陀洛山西方寺』

七福神の中で唯一純国産の一柱です。
狩衣姿で右手に釣り竿、左手に鯛を抱えているチョット陽気な雰囲気の神様です。
トレードマークは「ふくよかな笑顔(えびす顔)」ですね。
このゑびす様はイザナギ、イザナミの子で「蛭子命(ひるこのみこと)」と伝えられています。
また平安時代末期には「市場の神(市神)」として祀られ信仰されていました。
元々この地には観音様がお祭りされ観音信仰の山として信仰を受けていた事などから、観音信仰の霊地と言う意味を、サンスクリット語のポータラカを語源にして、補陀洛山(ふだらくざん)と山号が付けられています。
ここには県指定重要文化財に指定されている、本尊阿弥陀如来坐像(定朝様式)が祀られています。


大黒天(五穀豊穣、家産増進、子孫繁栄の神様)の『豆戸山正覺院』

ヒンドゥー教のシヴァ神の異名で仏教に取り入れられた大暗黒天と呼ばれたこともあります。
当初の大黒天はシヴァと同様に四本の手を持ち、三叉戟、棒、輪、索を持った怖い感じのするイメージですが、インドから中国に伝わり、その後最澄により日本へ伝えられた時には台所を司る神様として祀られました。
台所の竈(かまど)を守り、農村では田の神、商家では商売繁盛の神として祀られています。
日本でのイメージは、真っ赤な装束で打ち出の小槌を持ち大きな袋を背負った陽気な様相で表現されています。
豆戸山正覺院は、山号を豆戸山と付けられている曹洞宗寺院の正覺院です。
真言宗正覺院の本尊としては、不動明王立像が祀られています。
また正覺院の裏手で見守るように聳え立つ樹齢千三百年の「楠(くすのき)」があります。


毘沙門天(財運を授け、大願成就の神様)の『菊名山蓮勝寺』

梵名をヴァイシュラヴァナと言い天部の仏神です。
四天王としては別名で多聞天と呼ばれています。
武将の姿をして宝棒、宝塔を両の手に持ち足下に邪気を踏みつけている神様となっています。
室町時代末期には日本独自の進行により七福神の一尊に数えられ江戸時代からは勝負事の神様として崇拝されています。
土地の名前となっている山号の「菊名山」。
一般的には地名を由来にして付ける事が多いですが、菊名の場合には、「菊名山」と言う山号が、この近辺の地名の由来になったとも言われてます。


弁財天(金運・財運の神様)の『菊名池弁財天』

ヒンドゥー教の女神の一人「サラスヴァティー」が仏教に取り込まれた呼び名であるが、神仏習合により神道と両立した神様です。
日本での弁財天は、吉祥天や様々な神の一面を吸収して考えられている他国とは異なる性質を持っています。
本来は「弁才天」と表記をして、弁舌を司る神様となっておりますが、現在では吉祥天が強く吸収され「弁財天」として金運、財運をもたらす神様として崇拝されています。
横浜市港北区の南東に位置している「菊名駅公園」のプール南側開園部に祠があります。
最寄りの駅は「妙蓮寺駅」になっています。
「菊名駅」からは距離がありますので気を付けてください。
気持ち落ち着ける菊名池、夏には賑わうプールがあり、木々に囲まれた心癒される散策路などと、「七福神巡り」の途中で、日頃の心の疲れを癒す事が出来ます。


布袋尊(和合金運招福の神)の『綱島山東照寺』

常に笑顔を絶やさずにいる「布袋尊」なので背負っている大きな袋は宝袋?等と思いがちですが、実はこれ「堪忍袋」とも言われています。
一見したところ太鼓腹の朗らかなおじさまですが、唐末の明州に実在したとされる伝説的な仏僧、そして弥勒菩薩の化身とも言われているとても凄いお坊さんです。
綱島山東照寺は1649年に大曽根の大乗寺の三世生外意鉄大和尚により開かれました。
本尊には薬師様を祀っています。
九州の薩摩藩主、島津公などの信仰が厚く、歴代の住職も薩摩藩の武士の出が数多くいました。
江戸商人からの進行も厚く、境内には名を刻んだ石の手洗いがあります。
また本尊薬師如来はこの近郊の武蔵都筑十二薬師第十一番札所となっています。


寿老人(長寿延命、諸病平癒、富貴繁栄、子孫繁栄の神様)の『清林山金蔵寺』

寿老人は道教上の神仙で、中国の伝説上の人物と言われています。
また南極老人星(カノープス)の化身とされています。
不死の霊薬を含んでいる瓢箪を運び、長寿のシンボル牡鹿を従え、長寿のシンボルの不老長寿の桃を持つと言った様相から、長寿延命、富貴長寿の神と言われるのも納得できます。
清林山金蔵寺は、正式には「清林山 仏乗院 金藏寺」と言い、「鎮護國家道場」と言う別名でも呼ばれます。
こちらの本尊は「大聖不動明王」が祀られていて、天台宗第五代座主・智証大師作と伝えられています。


◆福禄寿(子孫繁栄、富貴繁栄、健康長寿の神様)の『圓瀧山興禅寺』

背が低く長頭で長髭、杖に経巻を結び鶴を伴っている福禄寿。
寿老人と同じく南極老人星の化身とされ、一時期は寿老人と同一信徒考えられて七福神から外されたこともあります。
名前の由来は道教で強く希求される願いから出来ており、幸福の「福」、封禄の「禄」、長寿の「寿」の三徳が具現化されたものです。
こちら天台宗寺院の興禅寺の号は圓瀧山光明院となってます。
天台座主慈覚大師円仁和尚が、自刻の勝軍地蔵尊を当地に安置して開山したと言われています。
本尊を十一面観世音菩薩としている事から、安産観音として昔より女性に慕われています。


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